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東京地方裁判所 昭和57年(タ)26号 判決

原告 野田美香 外2名

被告 郭桂香

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  国籍中国(台湾)亡郭光(明治33年6月29日生、昭和53年5月31日死亡)と被告との間に親子関係が存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二、当事者の主張

一  請求原因

1  原告野田美香は、亡郭光(明治33年6月29日生、昭和53年5月31日死亡)と高見正枝との間に出生し、亡郭光の認知により昭和14年1月7日亡郭光と高見正枝間の庶子として戸籍に届け出られた者であり、原告前田静香及び同高見芳香は、亡郭光と高見正枝との間に出生したが、亡郭光が任意に認知しなかつたので、認知請求訴訟を提起し、認知の裁判確定により昭和51年7月6日亡郭光の子として戸籍に届け出られた者である。

2  被告と同苗同名の者として、台中州台中市○町×丁目××番地に存する亡郭光の戸籍に次のとおり記載されている。

(1) 本籍台中州台中市○町×丁目××番地

(2) 父郭光、母郭林氏久枝

(3) 生年月日昭和15年3月20日

3  ところが、被告は昭和56年7月6日帰化して、次のとおり戸籍が作成された。

(1) 本籍東京都板橋区○○○町××番地

(2) 父郭光、母森山マツ

(3) 前記と同じ

4  被告は、亡郭光の本籍地の記載によると母が郭林氏久枝であつたのに、森山マツ(以下「マツ」という。)に変更されており、亡郭光の本籍地記載の郭桂香と同一人物とは考えられない。またマツの子として出生の届出もなく、亡郭光が生前認知したとの戸籍上の記載もないので、亡郭光と被告との親子関係は認められない。

5  亡郭光は昭和53年5月31日死亡し、相続が開始したところ、遺産の分割につき被告は亡郭光の子であるとして相続権を主張しているので、原告らには利害関係があり、確認の利益がある。

6  よつて、原告らは、被告に対し、亡郭光と被告との間に親子関係が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

5  同5の事実のうち、亡郭光の死亡及び被告が亡郭光の子であるとして相続権を主張していることは認め、確認の利益の主張は争う。

三  被告の主張

被告は、亡郭光を父、マツを母として出生したものである。なお、亡郭光の本籍地の戸籍では、被告の母は郭林氏久枝と記載されているが、これは亡郭光が被告を嫡出子として届けるため亡郭光の正妻を母として届け出たためであり、被告の日本における戸籍では被告の母をマツとしたのは実の母に名義を変えたのであり帰化申請の要件をよくするためであつた。

被告は、マツの戸籍に子としての届出も亡郭光の認知もないが、これは既に亡郭光が被告を嫡出子二女として出生届出をしているからである。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張はいずれも否認する。

第三、証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実は、その方式及び趣旨により外国官公署が職務上作成したものと認められるから真正な外国公文書と推定すべき甲第1号証、乙第1号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第4ないし第6号証、証人郭四林の証言により真正に成立したものと認められる乙2号証及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二1  前掲甲第1号証、乙第1号証に、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第2、3号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる乙第3号証、証人郭四林及び同森山マツの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  マツは、昭和14年ころ、列車食堂のウエイトレスをしていたが、同年3月ころに亡郭光と親密な関係となり、同人にアパートを借りてもらつて、そこに住むようになつた。

(二)  そのころから、マツは亡郭光と情交関係を結ぶようになつていたところ、マツは懐妊し昭和15年3月20日被告を出産した。

(三)  亡郭光は、被告の名前を命名するとともに、マツに対し被告を妻の郭林氏久枝との間の嫡出子として出生届出をなす旨述べて、現にその届出をなし、台湾の台中市にある亡郭光の戸籍にはその旨の記載がなされた。

(四)  マツが被告を懐妊した当時、マツには亡郭光以外の男性と関係をもつた形跡はない。

(五)  被告は、昭和56年ころ日本に帰化するに際し、マツを母としてその手続をなし、昭和56年7月6日に日本に帰化した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる甲第7号証、鑑定人○○○○の鑑定結果によれば、

(一)  同鑑定人は、被告及びマツについて血液型(赤血球抗原型7型、血精型1型、赤血球酵素型3型)、唾液型、指紋、掌紋について検査を行い、その結果と亡郭光についての甲第7号証の当庁昭和46年(タ)第409号、第410号事件の鑑定人○○○○の鑑定書における右と同様の検査結果とを総合し検討をしたところ、被告が亡郭光とマツとの間に生れた子であるとしても遺伝学的に矛盾はないとしている。

(二)  ○○鑑定人は、右血液型から本件の父権肯定確率を88.31パーセントと算出しており、右数値から亡郭光は被告に対し高度の確率をもつて父親らしいと言えるようであると判定している。

3  以上の認定事実によれば、亡郭光の戸籍に登載されている郭桂香と被告とは同一人物と認められ、かつ亡郭光と被告との間には自然的血縁上の父子関係があると認めるのが相当である。

三  ところで本件の準拠法は、本件が亡郭光と被告との間の実親子関係の存在しないことの確認を求めるものであるから、法例17条、18条1項を類推適用し、当事者双方の本国法によるべきところ、被告の出生及び認知当時亡郭光及び子である被告は、前記のとおり台湾に戸籍を有しており、かつ、子の本国法は戸籍の記載に基づく表見上の国籍により定まると解されるので、法例27条3項によりその各本国法はいずれも平和条約(昭和27年4月28日条約第5号)が発効する以前の日本における台湾地域の法律であると解するのが相当である。そして、右平和条約発効以前の日本における台湾地域においては、共通法(大正7年4月17日法律第39号)2条2項及び法例17条、18条1項に基づき、大正11年9月18日勅令第407号台湾ニ施行スル法律ノ特例ニ関スル件、昭和7年11月25日律令第2号本島人ノ戸籍ニ関スル件、昭和8年1月20日台湾総督府令第8号本島人ノ戸籍ニ関スル件、昭和10年6月4日台湾総督府令第32号戸口規則によるところ、右戸口規則には、日本の旧戸籍法(大正3年3月31日法律第26号)83条に対応する父のなす庶子出生届出に認知届出の効力を認める条文はないが、21条では「出生ノ届出ハ父又ハ母之ヲ為スベシ」と規定し、右規則別記第1号様式において婚外子については出生届の出生別及び男女別の欄に「庶子」との記載をなすべきものとされていたのであるから、右旧戸籍法施行当時の日本内地におけると同様に父が婚外子を嫡出子として出生届出をした場合には認知届出の効力を生じると解されていたものと解するのが相当である。そして、前記のとおり亡郭光と被告との間には自然的血縁上の父子関係が存するところ、亡郭光が被告を自己の嫡出子として出生届出をなしていると認められるのであるから、右出生届出は認知届出としての効力をもち、結局亡郭光と被告とは法律上も父子関係にあると認めるのが相当である。

四  よつて、原告らの本訴請求は理由がないことが明らかであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 高野芳久 石田浩二)

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